Map of days

デザイン探検家の記録

【書評】手塚治虫 アーチストになるな

手塚治虫―アーチストになるな (ミネルヴァ日本評伝選)

手塚治虫―アーチストになるな (ミネルヴァ日本評伝選)

若い頃漫画家を志望し、手塚治虫ペンネームまで付けてもらったと言う、マンガ研究家・竹内オサムによる手塚治虫伝記。

この本は手塚治虫は若いアシスタントに向けて度々言っていた、「アーチストになるな、アルチザン(職人)になれ」という言葉が副題となっている。この言葉は、流行の浮き沈みが激しいマンガ業界において、手塚治虫自身が活躍とスランプを繰り返し、その経験の中から紡ぎ出された言葉である。

戦後、マンガは低俗な文化とされていた。それに映画的手法を取り入れた「宝島」は芸術作品として評価され、またスピーディーな展開が子供たちに受け入れられた。手塚治虫は若くして人気マンガ家としての名声を手に入れた。芸術表現としてのマンガに強いこだわりを持っていた。しかし長いマンガ家生活は、決して順調な時ばかりではなかった。高額所得者として長者番付に乗るような絶頂の人気の時期もあったが、劇画ブームなどによる子供マンガの人気の低迷、自身が経営する会社や虫プロの倒産など、どん底のスランプも経験した。

本来、芸術志向の強かった手塚だが、読者の人気を常に得る為に大衆性を持たせ、読者をひきつける為の妥協に次ぐ妥協。そこには芸術家としてではなく、職人としての漫画家の姿があった。芸術性と大衆性という相反する要素の間で、もがきながら「ブラックジャック」など名作を生み出し、どん底のスランプから復活していった。タイトルには、手塚自身の作品に対するこだわりと、市場の要求に悩にながら、オリジナルな作品を生み出していった手塚の苦悩と葛藤が滲み出ている。

天才漫画家と呼ばれる手塚治虫のマンガ家人生は単に順調なだけではない。マンガ家として常に第一線で活躍していなければ気が収まらないという煩悩、次々と変化していく時代の流行、そして自分の理想、若い才能への嫉妬。


手塚の波乱に満ちた人生の中で、マンガ一筋の生き方を貫きながら、どのような作品を結果として出していったのか、非常に分かり易く記してある。複雑な条件の中で時に失敗しながらも、常にもがきながら這い上がってくる巨匠の姿は、後世を生きる者に感動を与える。世の中の流れを読み、どのようなマンガを生み出していったのか、具体的な答えの出し方も大変参考になる一冊。

ちなみに今年2009年は手塚治虫生誕80周年の年である。